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2017.01.23 ボス猫の死
  三年近く、餌をあたえておりました、界隈の≪ボス猫≫が
  一昨日の夜8時過ぎ、堺筋の大通りで死亡していました。

   大通りのちょうど、まん真ん中のレーンで、
  白い毛布のような塊を見つけた際は、
  その大きさから、嫌な予感のとおり
  ≪ボス猫≫でした。

   行動範囲の非常に広い子でありましたから、 常々心配はしていました。
  堺筋の大通りを渡ろうとした際、
  比較的閑散とした、土曜日の寒い夜であっただけに
  いつもよりスピードを上げて通過する車に、
  轢かれてしまったのだと思います。

  残念ながら、頭部が無くなっていましたが、
  抱きかかえた身体は、とても大きくて、重くて、柔らかくて、
  両手両足の白い毛についている、いつもの土の汚れの特徴から
  そうだと容易に推察できました。

  歩道の街路樹の土の上に横たえて
  新聞紙で覆った後、東警察にその旨をつたえて、
  どうぞ生ごみとして処分せず、弔いを簡単にでいいから
  お願いしたいと伝えました。

   当日、もし大阪まで、車で来ておりましたら、 
  以前もそうしたように
  どこかに連れて行って、埋葬をしてあげることもできたのですが、
  あいにく、電車での通勤でありましたため、そうするわけにも参らず
  警察に電話したことが、悔やまれます。
  街路樹の土の下に埋めてあげれば、
  この子の生きた街であったのにと
  悔やまれます。

   つよく懇請したこともあってか
  午後10時過ぎに帰宅の途上、立ち寄った際は
  もう遺体も、その上に被せました新聞紙も
  ともに無くなっていました。


   たしかに、野良猫たちは
  与えられた環境を、自ら変えることはできません。
  与えられた環境のなかで、 ただただ、必死に
  生きているだけです。

  野良猫と向かい合ったとき、
  どのように向かい合うかは、
  社会の成熟度のバロメータであるし
  個人の人間性の真否のバロメータであると
  強く思います。
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